続き

子供がまだ小さかったのと、とにかく店をなんとかしなきゃの思い出始めた週一回の修行ですが、当時は(今でも)労働基準法なんて関係のない時代でした。朝は7時に店に入り、休憩なしで10時まで。家に帰っては寝るだけ。定休日にはそばうちの練習、午後からは小田原の蕎麦屋さんで勉強。まだ若かったからできたんですよねー笑。1年間余すことなくご指導いただいたY先生には今でも頭が上がりません。1年間の修行ですこーし自信もつき、店で手打ちそばを始めました。今から考えると笑えるほど下手くそだったと思います。しかし父はうまいとも言いませんでしたが、黙って店のメニューに加えさせてくれました。半年くらいした時、地元平塚で明治時代に平塚に住んでいた料理作家の本を使って町おこしをしようとプロジェクトがスタートしました。僕はまだまだ若造で、手打ちの技術も赤ん坊に毛が生えた程度(こんなの出しててごめんなさい)関係ないだろうと思っていた時、お声がかかりました。僕が店を継ぐ前からのお客様で地元では大きな企業の社長。このかたも仙台の後を継いで大変苦労されたとのこと。そんな方が僕をみていて挑戦してみないか?とお声をかけてくれました。そんな気にかけていただき失望させてはいけないと、そこから明治時代の文献とのにらめっこが始まりました。